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東京高等裁判所 昭和35年(ナ)10号 判決

原告 増尾秋男 外二名

訴訟代理人 鈴木義男 外一名

被告 小野清治郎

訴訟代理人 鈴木敏夫

主文

昭和三十四年四月二十三日執行の長野県議会議員一般選挙における長野市区の被告の当選を無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、本案前において訴却下、本案につき請求棄却、いずれも訴訟費用は原告等の負担とする旨の判決を求めた。

原告等訴訟代理人は請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告等は昭和三十四年四月二十三日執行の長野県議会議員一般選挙において長野市区の選挙区域内に住所を有した選挙人である。

二、被告は右選挙において長野市区から立候補したが、右選挙の結果次点者となり、当選人とならなかつた。しかるに右選挙において最下位の当選人となつた広田寛二は、同人に対する当選無効(投票の効力に関するもの)の訴訟が提起された結果、昭和三十五年九月十三日最高裁判所の判決によりその当選の無効であることが確定したので、選挙会において改めて被告が当選人と定められ、長野県選挙管理委員会において昭和三十五年九月二十日被告が当選人に当選した旨告示した。

三、これよりさき、右選挙における被告の選挙運動の総括主宰者であつた寺島淳は、昭和三十四年六月二十九日長野簡易裁判所において、公職選挙法第二二一条の選挙犯罪により罰金一万五千円に処し二年間選挙権及び被選挙権の行使を停止する旨の略式命令を受け、右略式命令は同年七月十七日同人に送達され、右略式命令による裁判は同年八月一日確定した。

四、右寺島の選挙犯罪による裁判確定当時は、被告は未だ右選挙における当選人ではなかつたが、その後前記のように昭和三十五年九月二十日の当選人の告示により改めて被告が当選人となつたので、原告等は公職選挙法第二一一条第一項の法意により、即ち、同法条は、選挙運動の総括主宰者又は出納責任者が同法第二二一条等の選挙犯罪により刑に処せられたため同法第二五一条の二第一項により当該当選人の当選を無効とされた場合は、選挙人又は公職の候補者から右当選人を被告として、右裁判確定の日から三十日以内に当選無効の訴訟を提起することができる旨を規定したものであるが、本件のように右選挙犯罪の裁判確定当時は当該当選人は未だ当選人とならなかつたがその後改めて当選人の告示があつたため当選人となつた場合においても、右当選人に対し、この場合においては右当選人の告示があつた日から三十日以内に、当選無効の訴訟を提起することができるものと解すべきであるから、ここに被告に対しその当選を無効とする旨の宣言を求める。

被告訴訟代理人は答弁として次のとおり述べた。

一、原告等がその主張の選挙人であることは不知。原告等主張の寺島淳が被告の選挙運動の総括主宰者であつたこと及び本件訴訟が公職選拳法第二一一条第一項の出訴期間内に提起されたものであることは否認する。その余の原告等主張の事実関係はこれを認める。

二、公職選挙法第二一一条第一項の出訴期間は、選挙運動の総括主宰者又は出納責任者の選挙犯罪の裁判確定の日から三十日以内に限られるものであり、本件訴訟の出訴期期も右によるべきものであつて、原告等主張のように被告の当選人の告示のあつた日からこれを計算すべきものではない。仮に被告の当選人の告示のあつた日以後に本件訴訟を提起することができるとしても、右出訴期間は不変期間であるから民事訴訟法第一五九条により右当選人の告示のあつた日後一週間内に限り訴訟行為の追完が許されるのに過ぎない。よつて本件訴訟は出訴期間経過後に提起された不適法なものであり、仮にこれを適法なものとしても本訴請求は理由のないものである。

証拠として、原告等訴訟代理人は甲第一ないし第四号証、第五号証の一ないし四、第六号証を提出し、被告訴訟代理人は、証人小林国広、小林政則、内堀喜一郎、寺島淳の各証言及び被告本人の供述を援用し、甲各号証の成立を認めた。

理由

一、先ず被告の本案前の主張について判断する。

公職選挙法第二五一条の二第一項本文によると、選挙運動を総括主宰した者又は出納責任者が同法第二二一条等の選挙犯罪により刑に処せられたときは、当該当選人の当選は無効とする旨定められ、同法第二一一条第一項によると、選挙運動を総括主宰した者又は出納責任者が右選挙犯罪により刑に処せられたため同法第二五一条の二第一項の規定により当該当選人の当選を無効であると認める選挙人又は公職の候補者は、当選人を被告としその裁判確定の日から三十日以内に当選無効の訴訟を提起することができる旨定められている。右によると、同法第二一一条第一項による当選無効の訴訟の出訴期間は、選挙運動の総括主宰者又は出納責任者の選挙犯罪の裁判確定の日から三十日以内というのであるから、当該当選人の当選が一般に少くとも右裁判確定の日前に決定しその効力を生じていることを予想し、右のような一般の場合について規定したものであるということができる。しかし当該当選人の当選が、選挙運動の総括主宰者又は出納責任者の選挙犯罪の裁判確定前に決定しその効力を生ずるのが一般の場合であるとしても、たとえば同法第九六条(当選人の更正決定)、第九七条(当選人の繰上補充)に規定する場合等においては、当該当選人の当選が右選挙犯罪の裁判確定の日後に初めて決定されその効力を生ずる場合があり得ないわけではなく、又右の同法第二五一条の二第一項、第二一一条第一項に選挙運動の総括主宰者又は出納責任者の選挙犯罪による当選の無効を規定し又はその訴訟提起を認めた趣旨は、このような選挙運動によつて得た当選は公正なものと認められないとして当該当選人の当選を失わせる趣旨に出でたものというべきであるから、右のように当該当選人の当選が選挙運動の総括主宰者又は出納責任者の選挙犯罪の裁判確定の日の前に決定されその効力を生じたと後に決定されその効力を生じたことによつて区別すべき理由はなく、これを区別すべき趣旨の認められる規定も存しない。この点からみると、当該当選人の当選が選挙運動の総括主宰者又は出納責任者の選挙犯罪の裁判確定の日後に決定されその効力を生じた場合についても、同法第二一一条第一項の規定により当該当選人の当選が同法第二五一条の二第一項により無効であると認める選挙人又は公職の候補者から当選人を被告として当選無効の訴訟を提起し得るものであることは勿論というべきであるが、この場合における出訴期間については、右の同法第二一一条第一項に直接に規定するところはないけれども同法条の法意にかんがみ、当該当選人の当選が決定しその当選の効力が生じた日、即ちその当選人の告示のあつた日から三十日以内とするのを相当とする。

この点につき被告は、当該当選人の当選が、選挙運動の総括主宰者の選挙犯罪の裁判確定の日後に決定されその効力を生じた場合でも、同法第二一一条第一項による当選無効の訴訟の出訴期間は、右法条に規定するところにより右裁判確定の日から三十日以内とすべきであり、仮に当選人の告示のあつた日以後に右訴訟を提起することができるものとしても、その出訴期間については民事訴訟法第一五九条により右当選人告示のあつた日以後一週間内に限り訴訟行為の追完が許されるのに過ぎない旨主張するが、右被告の主張はこれを採用することができない。

原告等の主張するところによると、本件訴訟は、その主張の選挙における当選人である被告に対し公職選挙法第二一一条第一項による当選無効の訴訟を提起するというのであるが、原告等が被告の選挙運動の総括主宰者であると主張する寺島淳(この点については次の本案の判断参照)の選挙犯罪の裁判確定の日は昭和三十四年八月一日であり、その後昭和三十五年九月二十日被告が当選人に当選した旨の告示があつたものであることは当事者間に争がなく、原告増尾の本件訴訟(昭和三十五年(ナ)第一〇号)が昭和三十五年十月十八日、原告松田及び青木の本件訴訟(昭和三十五年(ナ)第一一号)が同年同月十九日、いずれも当裁判所に提起されたものであることは、記録によつて明かであるから、本件訴訟は、同法第二一一条第一項の法意に照し、この場合における出訴期間と認むべき右被告の当選人の告示のあつた昭和三十五年九月二十日から三十日以内に提起された適法なものであるといわなければならない。よつて本件訴訟を同法第二一一条第一項の出訴期間経過後に提起された不適法なものとする被告の主張はその理由がない。

二、次に本案について判断する。

昭和三十四年四月二十三日長野県議会議員の一般選挙が執行されたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一ないし第三号証によると、原告等はいずれも右選挙において長野市区の選挙区域内に住所を有した選挙人であることが認められる。被告が右選挙において長野市区の選挙区から立候補したが、右選挙の結果次点者となり当選人とならなかつたこと、しかるに右選挙において最下位の当選人となつた広田寛二は、同人に対する当選無効(投票の効力に関するもの)の訴訟が提起された結果、昭和三十五年九月十三日最高裁判所の判決によりその当選の無効であることが確定したので、選挙会において改めて被告が当選人と定められ、長野県選挙管理委員会において昭和三十五年九月二十日被告が当選人に当選した旨の告示をしたこと、これよりさき昭和三十四年六月二十九日寺島淳が長野簡易裁判所において公職選挙法第二二一条の選挙犯罪により原告等主張の刑及び選挙権被選挙権停止の略式命令を受け、右略式命令は同年七月十七日同人に送達され、右略式命令による裁判は昭和三十四年八月一日確定したこと、当時は被告は未だ右長野市区の選挙区における当選人ではなかつたが前記のようにその後昭和三十五年九月二十日の当選人の告示により当選人となつたものであることは、いずれも当事者間に争がない。

そこで右寺島淳が右選挙における被告の選挙運動を総括主宰した者であつたかどうかについてみるに、成立に争のない甲第五号証の二ないし四、証人小林国広、小林政則、寺島淳、内堀喜一郎の各証言及び被告本人の供述を綜合すると、右寺島淳は人格者として地元の者に信望があつたので被告及び他の選挙運動員等から推されて被告の選挙運動の事務長に就任した者であつて、身体が弱かつたため直接に選挙運動の全般にわたつて対策に従事したようなことはなかつたが、少くとも事務長として終始被告の選挙運動の中心となつていたものであることが認められ、右事実と右証拠及び成立に争のない甲第四号証、第五号証の一を綜合して考えると、右寺島は被告の右選挙運動を総括主宰した者であることを肯認することができる。右証人の証言及び被告の供述中には右認定に反する部分がないではないが、この点は採用することができない。以上によると、被告の右選挙運動の総括主宰者であつた寺島淳は前記のように公職選挙法第二二一条の選挙犯罪により刑に処せられたのであり、右裁判は昭和三十四年八月一日確定したのであるから、同法第二五一条の二第一項により当該当選人である被告(前記のように被告は昭和三十五年九月二十日の当選人の告示により当選人となつた)の当選は無効なものであることが明かである。よつて原告等が被告に対し右選挙における長野市区の被告の当選を無効とする旨の宣言を求める本訴請求は正当である。

以上により訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村木達夫 裁判官 元岡道雄 裁判官 小池二八)

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